30年間の“マラソン”
中国は植物の染色体研究においてはやや遅れてスタートしており、1980年代以前はほぼ空白状態で、先進国と比べると百年近く遅れている。1978年から始まった改革開放以後、南開大学、北京大学などの生物学部と中国科学院植物研究所、中国農業科学院などが参加し、組織するもとで、関連プロジェクトが相次いでスタートした。今では、研究範囲の深さにおいても研究の技術水準においても、中国はすでに世界の先進レベルに近づくか、もしくはそのレベルに達している。
1960、70年代には、米国籍の中国人である徐道覚氏が、自ら世界各地から集めたさまざまな哺乳動物の組織標本とリンパ細胞に対して染色体分析を行った結果を世界初の『哺乳動物染色体マップ』としてまとめ、1967年にその第1巻を出版、1977年までに10巻が出版された。このことに鼓舞されて、その2年目、当時40歳を過ぎていた陳瑞陽氏はあちこちから各種植物を採集し、染色体研究をスタートさせ、70歳を過ぎた今まで30年間ずっと研究を続けてきた。
染色体は化学物質DNA(デオキシリボ核酸)で構成されるらせん状の2本の長い鎖だ。DNA分子は自らを複製する能力を具えており、複製の際に2本の鎖が分かれ、それぞれが持つ塩基に基づいてもう1つの新しい鎖を形成し、新しいDNAをつくる。DNAの塩基の数と配列は生物の種によって異なり、これによってそれぞれの生物の性状が異なるのである。遺伝子にはA、T、G、Cという4つの塩基がある。このうちAとT、GとCが対をなして、塩基対を形づくっており、こうしたことで生物の性状の特異性と連続性を維持することができている。そして、いま話題の「遺伝子マップ」のほとんどはシーケンスで得たDNAの塩基配列の順序によって最終的に“A、T、C、G”がぎっしりと書き込まれた“遺伝子辞典”に編纂したもので、どのような遺伝子が生物のどのような性状(身長、体長、痩身、肥満など)をコントロールしているのかを調べることができる。
かつて陳教授らは顕微鏡の接眼レンズを通してカメラで染色体を撮影し、フィルムを現像して大きく焼き伸ばしたあとで、再び写真上のそれぞれの染色体を切り分け、配列を組み合わせ、きちんとした配列をなす写真として貼り直していた。しかし、07年からは顕微鏡とデジタルカメラをつなぐことで、リアルタイムで画像をコンピュータ画面に表示させることができるようになり、画像処理ソフトによってより鮮明で詳細な染色体の写真を得ることができるようになった。
デジタル技術を活用するほか、陳教授らは植物型分析をいっそう標準化させるとともに、植物染色体の標本づくりに独自の方法をつくり上げた。そのうちの多くは精細で習得するのが難しい「手仕事」だ。植物の細胞壁の解離がその一例だ。
染色体は細胞核の中に存在している。動物の細胞と比べて植物の細胞の構造は1つ多く、最も外側に細胞壁がある。染色体の標本をつくる過程で比較的理想的な状況は分散した単独の細胞を得ることで、このようにしてこそ各細胞中の染色体グループの全貌をはっきり見ることができる。しかし、植物の異なる細胞の細胞壁は互いにつながっているため、染色体をつくるときに細胞が混ざりやすいのだ。このため、人々を満足させるような染色体の写真を撮りたければ、まず、細胞を細胞壁の中から解き放たなければならず、その前提となるのが細胞壁の解離なのである。その原理は極めて簡単で、セルロース分解酵素もしくはペクチン分解酵素を使って溶解させるだけでよい。だが、これが実際にやってみると実に難しい。酵素が少なすぎたり解離時間が短すぎたりすると、効果的に細胞を分散させることができず、また逆に、細胞壁が過度に分解されると染色体が顕微鏡の視野を外れて遊離してしまい、適切な観察対象を見つけられないという事態を招く可能性があるのだ。さらに、処理時間やプレパラート標本を作る際の力の入れ具合などがいずれも最終結果に影響を及ぼす。このため、堅実な生物学理論を持っているという以外に、研究者は腕利きの職人であることも必要なのだ。これは、植物の染色体マップ作成が動物の染色体マップ作成よりはるかに遅れていることの原因の1つでもあると指摘する専門家もいる。
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