本誌日本語専門家 勝又あや子
煙台市の市街地からブドウやリンゴの実る果樹園の間を続く道を車で走ること1時間半。そこに、蜃気楼がゆらめき、仙人伝説に彩られた「人間の仙境」と呼ばれる場所、蓬莱がある。
仙境を演出した蜃気楼
蓬莱は古くから仙人の住むところと考えられてきた。秦の始皇帝は不老不死の薬を求めてこの地を訪れ、漢の武帝は仙境を見るために何度も巡幸した。また蘇東坡は「東方雲海空復空、群仙出没空明中」(東方の雲海空(くう)また空、群仙出没す空明のうち)と謳った。

蓬莱市内の観光施設「三仙山」から蓬莱閣方面を望む
蓬莱は、道教の神仙思想で東の海上(海中)にある仙人が住むといわれる仙境の1つ。その仙境の名がこの地につけられたのは、紀元前133年に漢の武帝が巡幸した際のことだという。
この地が人々から仙境だと信じられるようになったのは、おそらく蜃気楼のためだと思われる。中国最古の地理書である「山海経」の「海内北経」には、「蓬莱山は海中にあり、大人の市は海中にあり」と記されている。「市」とはつまり、蜃気楼のことだ。
蓬莱では、春から夏にかけて蜃気楼が見られることが多いという。2005年5月23日には、16時50分から19時までという長時間にわたってくっきりとした蜃気楼が観測された。地元蓬莱市人民政府の関係者も、これまでに3度見たことがあるそうだ。
蜃気楼とは、海面上などに発生する温度差(密度差)によって光が屈折を起こし、水平線や地平線の下に隠れて見えない遠方の風景などが伸びたり反転したりした虚像が見える現象のことである。だが、蜃気楼のしくみが分かっている現代ならともかく、古代の人々にとっては、海上に忽然と現れる陸地はまさしく伝説の仙境に見えたに違いない。
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