中国藏学研究センターの朱暁明・研究員は18日、中国藏学研究センターが北京で開催した「西藏民主改革50周年」記念学術フォーラムで、ダライ「3・10」講話では「西藏100万人農奴解放記念日」が意図的に回避され、「こういった事実が、『農奴解放記念日』の創設は、ダライ集団の急所をねらい打ちするものであることを説明している」と語った。
今年3月10日、ダライは慣例に従い講話を発表した。講話の中で、ダライは藏(チベット)民族は、祖国という大きな家族の中で「死刑に等しい判決を下された囚人」と攻撃、さらに「世の中の地獄」などの言葉を用いて解放後の新西藏を説明した。朱研究員は、ダライのこの講話は是非を混同したものであり、ペテン的であり、扇動性に満ちていると指摘した。
1959年3月10日、チベット地方上層部の反動分子が武装クーデターを実行、3月28日、中央政府は元のチベット地方政府の解放を宣言、西藏の民主改革が始まり、100万人の農奴がこれにより解放された。今年1月19日、西藏自治区立法機構は、毎年3月28日を「西藏100万人農奴解放記念日」とする決議を可決した。しかしダライは今年の講話の中で、この記念日に対しては「一字たりとも言及しなかった」。
「このような事実の説明、『農奴解放記念日』の創設は、ダライ集団の急所をねらい打ちするものだ」と朱研究員は語っている。
1959年の民主改革前、チベットは政教一致の封建農奴制統治の下、人口の5%を占める官吏・貴族・寺院上層僧侶の三大領主からなる農奴主階級が、人口の95%を占める農奴および奴隷を統治、ダライは政教一致制度の総代表だった。
朱研究員は、これもまた、ダライ集団が「そのころの暗黒の歴史を否定することができない」原因だと認識している。
朱研究員はまた、ダライが国際金融危機にいかに対応するかについて全く触れなかった点にも注目している。「ダライはまるでこの世界、この時代に生活していないかのようだ。全世界が揃って金融危機に対応している時に、ダライはひとつの解決策も提案していない。ダライの関心事はただひとつ、つまりダライ集団の存続なのだ」。
朱研究員は、国際金融危機は当然ダライ集団にも影響を与えていると述べる。これまで献金を行ってきたパトロンらは自分の事で精一杯で、金銭を援助する人間は少なくなり、金額も縮小していると話す。
「ダライは経済発展で金融危機に対応するのではなく、事の発端・争議をねつ造し、世論を欺くことで、国際敵対勢力の支持と資金的援助を受けている」。
「人民網日本語版」2009年3月19日
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