『中文導報』の最新刊によれば、3月11日の地震・津波の発生から既に3週間近くが経過し、社会は徐々に平穏を取り戻しつつあるが、現実的な危機と心理的なパニックは、未だ完全には解消されていない。社会にとっても、個人にとっても、災害による心理的パニックから抜け出して再建に向かうことが最も大切な第一歩になる。
記事の概要は以下の通りである。
日本は今回の災害で「四重苦」に見舞われた。即ち、地震の打撃、津波の水害、原発の放射性物質漏洩の危機、更には、憶測やデマや噂による集団性の心理的パニックである。後者は「風評被害」といわれるもので、実体はないが長期間にわたって持続し、広範囲に影響を及ぼし、根深い打撃を与える深刻な被害である。風評被害がもたらす社会的なパニックと人々の警戒心は、「苦難中の苦難」ともいえるもので、救援や復興の大きな妨げになる可能性がある。
風評被害の伝達と拡大は、現代の情報伝達手段の迅速性、公開性、利便性と密接に関係している。1995年、日本は阪神大震災に見舞われた。当時、日本の携帯電話普及率は僅か3%で、登場したばかりのインターネットは情報伝達の主体にはなり得ず、政府や主要メディアの確かな情報が、風評被害によって震災後の社会にもたらされるであろう巨大な打撃を有効に抑制した。しかし、16年後の今日、事情は既に一変している。携帯電話、インターネット、ブログ、マイクロブログによる情報伝達、また、各種メディアが災害発生直後の混乱した現場に続々と取材陣を送っての報道、或いは、見聞きしたことや根拠のない噂、等々。
これら全てが合わさって、災害そのものを越える情報の爆弾となり、一瞬のうちに爆発し、その衝撃は無限大に広まった。これにより、ある面白い情報伝達現象が出現した。被災地の人々は通信手段の遮断によって、一時期、情報の空白地帯に置かれたが、それ以外の地域、ひいては海外の報道や伝聞はエスカレートを続け、日本や被災地に情報の包囲網が築かれたのである。事実、在日外国人の帰国パニックの最大の原因は、この情報包囲によるものであり、風評被害の具体的な現象の一つである。
風評被害の殺傷力は強大で、更なる一波の目に見えない情報の津波となって湧き上がり、社会に集団パニックを引起こした。まず、原発の放射性物質漏洩の危険に関する分析や報道が過熱し、飲料水や日用品、米などが買いだめのより品切れになり、更には、大勢の日本人が関西へと避難し、関東地方は人々が去って閑散としてしまった。また、25カ国もの各国大使館の臨時移転が混乱の波を更に助長させた。次いで、多くの外国人が家族や知人の呼びかけや勧めを受けて、ひいては脅かされて、きっぱりと日本での生活や学業、仕事、事業までもを中断し、慌てて帰国した。
その次には、被災地付近で基準値を超えた放射性物質が検出され、人々が飲料水や食品の安全性に大きな不安を抱いた。被災地4県は「一刀両断」方式で出荷を禁止し、放射線レベルが正常な多くの農産物や野菜も巻き添えとなって一律に廃棄され、重大な損失だけでなく、人為的な市場パニックをも生じた。このような諸々の風評被害は枚挙に暇がなく、震災復興のプロセスにおける障害となっている。
3月11日の大震災後、地震や津波、特に放射能汚染に関する噂は日本国内に蔓延しただけでなく、周辺国家や全世界をも覆い尽くした。災害の影響が重なり合い、拡大を続ける現実に直面し、日本の政府、自治体、そして国民は、何らかの対策を講じなければならない。何故なら、事実と真相だけがデマとパニックを打ち砕き、震災復興への道を開くことができるのである。
まず、日本政府と東京電力が、国内の動揺を抑えることである。政府は迅速性、正確性、公開性をもって関連情報を発表し、更に、主要で有効的なルートを通じて情報を伝達し、真相を世界に知らせなければならない。同時に、政府が積極的な姿勢で、危険のコントロール度合いを明らかにすることも必要である。
次に、日本で生活や仕事をする一人一人が正確な知識を持ち、自己中心的な精神を抑え、その上で理性的に判断することが必要である。正確な知識と安定した精神が大災害に立ち向かう有効な手段であり、震災後の迅速な復興の基本前提でもある。
風評被害の克服では、一人一人が自分にできることから始めてこそ、社会を動かし、最小コストで震災後の再建と復興に踏み出すことができるのである。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年4月10日
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