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【シリーズ改革開放40周年】「これから中国はすごくなる!」34年前の一言が変えた人生 生畑目高広さん
本誌記者 勝又あや子  ·   2018-07-06
タグ: 改革開放;青年交流;社会
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「楽しくてやめられない」日中青少年交流

2002年に2度目の中国駐在を終えて帰国した生畑目さんは、日本国内の乳製品業務に関わる一方、上海でのプロセスチーズ生産や、お菓子メーカー旺旺の北京でのサラダせんべい生産など、引き続き中国関係の案件に携わった。しかし、「中国の仕事を自分で好きにやれたら……」という思いが募り、2006年8月末に三井物産を退社。父親が経営していた東和機材に入社(2008年に社長就任)し、同年、海外業務を行う東和インターナショナルを設立する。東和インターナショナルでは、旺旺の案件のほか、コンサルタントとして、中国の調味料メーカー大手の海天に醤油製造設備一式を輸出する案件に関わった。また、森のたまご(中国では「伊勢の卵」ブランドを展開)の中国での養鶏・卵生産事業の立ち上げや、中堅商社の事務所立ち上げのコンサルティング業務にも携わった。 

その一方で、契約書やマーケット調査、議事録などビジネス文書の翻訳や通訳の業務も行っている。その一環として携わっているのが、外務省が推進する対日理解促進交流プログラムだ。日本とアジア大洋州、北米、欧州、中南米の各国・地域との間で行われているプログラムで、高校生など若者を日本に10日間程度招聘し、政治や経済、社会、文化、歴史及び外交政策等に関する対日理解を促進することを目的にしている。このうちアジア大洋州を対象にしたものは「JENESYS」プログラムと呼ばれている。生畑目さんはこの「JENESYS」プログラムでやって来る高校生たちを受け入れ、交流コーディネーターを担当している。日本にやって来た高校生たちは地方の自治体や学校を訪問するほか、防災や観光、福祉、介護施設なども見学する。学校などで生徒どうしの交流を行う以外にも、地元の一般市民の家にホームステイして草の根の交流を行っている。学校での交流やホームステイでの別れのシーンでは、号泣する中国の高校生も多いという。 

 

「JENESYS」プログラムで日本を訪れた中国の高校生たちと。生畑目さんは前列右から3人目。(生畑目さん提供)

生畑目さんがこのプログラムに関わるようになって12年が経つが、その間に顕著に変わったと思うのは、やって来る若者たちが使う連絡手段だ。「みんなスマートフォンを持ってくるようになりました。Wi-Fiルーターも持っています。だいぶ日本人に近い感覚になりました。昔は、着くとみんな不安げな顔をしていて、ホテルに着いたとたんに公衆電話に長蛇の列ができました。KDDの国際電話のかけ方の中国語マニュアルをコピーしておいて、横に張りついて一人ずつ電話かけてあげたりしたものです」。それがある時からピタッとなくなったという。もう一つある。「前はほとんどの人が海外初めて、日本初めて。今や、日本も3回来ていて、大阪、京都、奈良、箱根、北海道、沖縄に行ったことがあるとか。自分より行っている」と驚くことも多く、日本が身近な旅行先になったことを実感するという。「『中国に初めて行った時にどう思いましたか?』と聞かれて、その時の話をするとみんな驚く。知らないんだなあ、と思いますね」。このプログラムの話をしている間中、生畑目さんは笑みを絶やさなかった。生畑目さんは「楽しくてやめられないんですよ」と笑った。 

「これから中国はすごくなる!」高校生の時に聞いた同級生の言葉に導かれ、中国との縁を持つようになった生畑目さん。同級生の予言は的中し、中国は今や世界第2の経済大国となり、世界の工場から世界のマーケットへと位置づけを変え、発展を続けている。「中国関係の仕事はずっと続けようと思います」。生畑目さんはきっぱりと言い切った。

「北京週報日本語版」2018年7月6日

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