紅七軍政治部の旧跡
百色市中山路「中山八一希望小学校」の構内にある国の重要文化財。欄干にもたれると四方から風を受けることから、もとは「清風楼」と称されていた。1911年に建て始められた。3階建てのレンガ・木造の単独建築物で、外壁は黄色で、広間は明るく、素朴で堂々としている。百色蜂起の頃、ここは中国工農紅軍第七軍政治部の所在地だった。当時、全国各地で紅軍が蜂起した時に創刊された最も早期の活版印刷紙「右江日報」の編集部がここに設けられていた。現在、1階の周りの壁に当時、紅七軍が書いたスローガンの跡が見える。
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