趙方林社長によると、宝鋼は、中日両国の当時の政治家らの先見の明と友好協力の結晶である。宝鋼と日本企業との協力は、改革開放の初期にまでさかのぼる。宝鋼の建設と発展は、新日鉄(現新日鉄住金、以下同様)を始めとした多くの日本メーカーとの協力精神を体現したものであり、中日友好の証であり、中国による外資導入と改革開放の早期における重要な成果の一つである。宝和通商は、宝鋼の日本における窓口として、鋼鉄の販売と資材部品の調達を行うという親会社に対する義務だけではなく、中日友好を促進し、民間大使となるという責任も負っている。
「2007年日本中華年」においては、中日友好促進のための一連の活動が行われた。2006年9月に横浜で開催された“和”をテーマとした「中華年記念音楽祭」には、宝和通商も共催単位の一つとして積極的に参加し、まとまった額の寄付を行い、中日間の友好関係の促進にささやかな貢献をした。2011年3月11日の東日本大震災の発生後、宝和通商は、従業員の通常の生活・業務の秩序を維持し、中日双方の従業員の生命財産の安全を確保するという自らの課題を克服すると同時に、日本・韓国・オーストラリア・中国の宝和通商の中国人従業員に呼びかけ、福島の被災地への募金を行った。こうした行為は、宝和通商で仕事をする日本人従業員に感動を与え、中国企業の従業員の思いやりと苦しい時には助け合うという精神を体現するものとなった。
2012年、日本に住む華僑・華人と在日の中国企業との共催による「2012年東京中国文化祭」が行われた。宝和通商は、「在日中国企業協会」の代表として、中国投資企業による賛助と展示活動への参加を準備・組織した。文化祭で展示された中国の伝統文化と中国企業の姿は、日本の庶民が中国に親しみ中国を理解するプラットホームとなり、両国民の相互理解と友好を一層深めた。同社は、このような活動を通じて、中国企業のイメージを上げ、中日両国の民間関係を改善し、民間の友好によって政府を動かし、中日友好の橋梁・実践者となり、中国企業の日本での業務開拓により良い経営環境を作り出した。
趙方林社長は、中国投資企業は日本市場に入ったら、どのような種類の企業であっても“郷に入っては郷に従え”を実践し、日本の現地のビジネス習慣と文化の特徴とに適応しなければならないと主張する。現地化された管理に加え、宝和通商は、同社ならではのメソッドを持っている。宝和通商東京本社の従業員は31人いるが、そのうち17人は日本人従業員。これらの日本人従業員は、仕事を通じて、人間中心主義に根ざした中国の企業文化を知ることができるという。日本人従業員は入社後、宝鋼への研修活動に参加し、中国の伝統文化と宝鋼の企業文化への理解を深めることができる。上海万博が行われた2010年には、日本人従業員全体の上海への万博見学を実施。日本人従業員の宝和通商への帰属意識をぐっと高めるイベントとなった。(編集MA)
「人民網日本語版」2013年8月23日
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