毛主席はそのときすぐに、劉少奇一味が八全大会の決議におしこんだこれらのことばはあやまりであり、反マルクス主義的なものであると指摘した。まもなく毛主席は、『人民内部の矛盾を正しく処理する問題について』という輝かしい著作を発表し、社会主義的改造が所有制の面で基本的勝利をかちとったあとの社会主義社会における階級、階級矛盾、階級闘争の問題について、マルクス·レーニン主義の発展史上はじめて系統的な解答をあたえた。毛主席は、「わが国では、社会主義的改造が所有制の面では基本的になしとげられたが」、「しかし、くつがえされた地主·買弁階級の残存分子はまだ存在しており、ブルジョア階級もまだ存在しており、小ブルジョア階級はやっと改造されはじめたばかりである。階級闘争はまだ終わってはいない。プロレタリア階級とブルジョア階級とのあいだの階級闘争、各政治勢力のあいだの階級闘争、プロレタリア階級とブルジョア階級とのあいだのイデオロギー面での階級闘争は、なお長期にわたる、曲折したたたかいであり、ときにはひじょうに激しいものでさえある」「社会主義と資本主義とのあいだの、どちらが勝ち、どちらが負けるかという問題は、まだほんとうには解決されていない」と指摘した。毛主席は、「わが国の現在の社会制度は、旧時代の社会制度にくらべて、はるかにすぐれている。すぐれていなければ、旧制度がくつがえされるはずはなかったし、新制度がうちたてられることはありえなかっただろう」と指摘した。毛主席は、「要するに、社会主義の生産関係はすでに確立されて、生産力の発展とは照応しあっているが、それはまだひじょうに不完全であり、これらの不完全な面と生産力の発展とは、これまた矛盾しあっているのである。生産関係と生産力の発展とのこうした照応しながらも矛盾しあっている状況のほかに、なお上部構造と経済的土台との照応しながらも矛盾しあっている状況がある」したがって、「われわれの社会主義制度はひきつづき確立と強化の過程を必要としている」、「われわれは、今後具体的な状況にもとづいて、上にのべたいくつかの矛盾をひきつづき解決していかなければならない。もちろん、これらの矛盾を解決したのちにも、またあたらしい問題があらわれてくる。あたらしい矛盾は、また解決していかなければならない」と指摘した。毛主席は、無敵の弁証法的唯物論と史的唯物論によって、劉少奇の修正主義のデタラメな論調に徹底的な反駁をくわえ、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなうという理論でわが党を武装した。
国内外の階級闘争の発展は、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなうことについての毛主席の理論の正しさを、たえず新しい事実で立証している。一九五七年ブルジョア右派の気違いじみた攻撃、とりわけソ連共産党二十回大会以後、フルシチョフ、ブレジネフ裏切り者集団がレーニンの故郷で資本主義を復活させたこの重大な事態の出現は、われわれにきわめて深い教育をほどこした。それは、ただ単に生産手段所有制の面での社会主義革命だけをおこなって、政治戦線、思想戦線における徹底的な社会主義革命をおこなわなければ、社会主義制度はまだ強固なものではないということである。資本主義が発生し、発展し、滅亡に向かう歴史をみさえすれば、資本主義制度にしても一挙にうちたてられたものではないことがわかる。プロレタリア革命は、すべての搾取階級を徹底的に消滅する革命であって、階級闘争は当然のことながら、ひとつの搾取制度がもうひとつの搾取制度にとってかわったこれまでの革命よりも、いっそう激しく、いっそう曲折したものである。フルシチョフ、ブレジネフ裏切り者集団は、ソ連と全世界のプロレタリア階級に心がまえができていなかったのに乗じて、ブルジョア階級独裁を復活させた。これは悪いことであるが、しかし、悪いことはよいことに変わることができる。それはソ連人民を教育し、全世界のプロレタリア階級を教育した。歴史の全過程からみれば、ソ連におけるブルジョア階級の復活は一時的な現象にすぎない。ソ連のプロレタリア階級と各民族の人民は、かならずフルシチョフ、ブレジネフ集団にうちかち、プロレタリア階級独裁を再建し、ひきつづきレーニン、スターリンのきりひらいた十月革命の道を歩むにちがいない。社会主義はかならず全世界で勝利するにちがいない。これは、人びとの意志によっては左右できない客観的法則である。
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