戦前から社会運動に身を投じ、戦後は民主運動で活躍、六〇年代宋以降、いろいろな曲折を乗り越えて日中友好に献身してきた「日本周恩来記念会」幹事長、大谷竹山氏(八〇)は、五月十日、東京·日本橋を出発し、単身で東海道を京都までてくてく歩いた。
大谷氏は、自らの八十歳の誕生日と中国共産党成立七十周年(今年七月一日)を祝ってこの「壮挙」に出たもので、健康を気遣う友人たちに「大丈夫だよ」と言いながら出発した。
楊振亜中国駐日大使も、大谷氏の友人として、その歓送会に出席し、次のように語った。

歓送会で大谷竹山氏を激励する楊振亜大使(右)
「大谷竹山先生は、中国人民の古くからの友人である。非常に個性的な方で、中日友好のためにいろいろ尽力されている。とくに貴重なことは、中国が困難にぶつかったとき、いつも身を挺して心配してくださり、中国を励まし、中国の前途はそれでも明るい、と指摘されたことである。八十歳の高齢で東海道膝栗毛はたいへんだろうが、体に気をつけて頑張って下さい」
大谷氏は、中国の労農赤軍の二万五千華里の長征にちなんで今回の膝栗毛を決行、六月三日、五百五十キロを踏破して無事京都の三条大橋に到着した。
「北京週報日本語版」1991年6月25日(No.25) |