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身体障害者事業を重視する中国
中国には現在8500万余りの身体障害者がいる。この数字はドイツの総人口数をはるかに上回る。身体障害者の生活を保障・改善し、安穏な暮らしを送れるようにすることを、中国は社会の公平・正義、文明の進歩を体現する重要なバロメータだと考えている。
· 中国製のバイオニック義肢、念じることで制御可能
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· 技術の発展、社会的弱者の生活をより便利に
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青春と夢が花開く――中国障害者芸術団

2005年の中国中央テレビ年末恒例番組『春節聯歓晩会(春晚)』で、中国障害者芸術団のダンス作品『千手観音』は一夜にして有名になった。この作品上演の成功により、それまでより多くの人々がこの障害者による芸術団を知ることになった。その後、障害を持つ自分の子供をこの芸術団に入団させる保護者が相次いだ。芸術が子供たちの運命を変えると信じ、子供たちが人とは違った人生を送れることを期待したのである。

12月3日の「国際障害者デー」を前に、本誌記者は北京市朝陽区高原街にある中国障害者芸術団を訪ねた。同芸術団に所属する3人の若いダンサーが、彼らの青春と夢を語ってくれた。

母にねだった誕生プレゼント
aaa_5515副本.jpg正常な子供と同じように育てるために、菁陽さんが8歳の時から、両親は彼女を地元のバレエ教室に通わせ始めた。2005年の誕生日、母親からどんなプレゼントがほしいか聞かれた菁陽さんは即座にこう答えた。「中国障害者芸術団に入りたい」…
いつでも希望を持ち続ける
祝悦さん-1.jpg21歳のラテンダンサー、祝悦さんは黒竜江省チチハル出身。2006年、祝さんの両親は彼女を中国障害者芸術団に入団させた。だが、手話ができなかったのと、知らない環境への恐怖のために、それほど経たないうちに、両親はまた祝さんを北京…
真のラテンダンサーを目指して
梁源鋼さん-1.jpg魏菁陽さんや祝悦さんと同様に、20歳の梁源鋼さんも2007年に芸術団に入団した。その後北京東城特教学校で中学高校教育を受け、今年中国青年政治学院に合格、ソーシャル・ワーク専攻の大学生になった。目の前のはつらつとした格好のいい…
写真特集
「ミスター車椅子」の500キロ
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  • 北京まであと228キロ。距離表示のある道路標識を通り過ぎる度に、張さんは全員で記念写真を撮るようにしていた。撮った写真はすぐネットにアップ。

  • 草原のキャンプファイヤーにも参加。音楽に合わせて踊ったりもした。車椅子が張さんの生活への情熱を妨げることはない。

  • 6歳になる子供に毎日欠かさず電話していた張さん。「テレビはあまり見ないように。お母さんの言うことをよく聞くんだぞ」。

  • 仲間にマッサージをしてもらう張さん。肩と腰の筋肉をほぐしてもらう。長時間車椅子をこぎ続けることは張さんの体にとって大きな試練だ。

  • 5日目。張さんの車椅子のタイヤ2輪がパンクした。修理することもできず、10数分ごとに空気を入れてどうにか進むしかなかった。

  • 豪雨にも遭った。国道沿いのバス停で雨宿りする一行。

  • フフホトの大清真寺(イスラム寺院)。バスケットボールをする子供たちを見つけて、大喜びで一緒にプレーする張さん。

  • ベッドに倒れこむようにして眠ってしまった張さん。疲れのあまり、国道沿いの宿の粗末さを気にする余裕もない。

  • 張健さんは内蒙古を出発して、国道110号線沿いに北京を目指した。途中、最大の障害は坂。特に下りがつらかったという。

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2015年7月12日~29日、張健さんは内蒙古から北京までの道のりを車椅子で走破した。走行距離は500キロにも及んだ。

張さんは内蒙古のウランチャブ(烏蘭察布)を出発し、国道110号線沿いに北京を目指した。18日にわたる旅の間、伴走者らのサポートの下で、張さんは急な坂や雨天走行、タイヤのパンクなど度重なる困難を克服し、この「普通の人には想像もできない」冒険旅行を成し遂げた。張さんは今回の旅を通じて、体の不自由な人々が外出する上での施設建設の現状に対する社会の注目を喚起し、「バリアフリーな外出」の理念を普及させたいと考えている。

張健さんは1981年、山東省臨沂市に生まれた。うっかりして小児麻痺を予防する経口生ポリオワクチンを接種しなかったため、最初に風邪を引いた後麻痺が起き、立ち上がることができなくなった。張さんの家は経済条件がよくなかったが、治療はあきらめなかった。2年にわたって針灸治療や3度の大手術を行った結果、張さんは手で両足を支えてしゃがんだ状態で歩くことができるようになった。父親はずっと張さんが四肢の健全な人とつきあうよう励ましてきた。家族の思いやりと愛情のおかげで張さんは粘り強い人間に育ったが、もっと大きな変化は、張さんが初めて車椅子バスケットボールに触れた時に起きた。広州の学校に進んだ張さんは、手が長いからバスケットボールに向いていると言われ、車椅子バスケットボールの練習場に連れて行かれた。コートの中のさまざまな運動用車椅子が、あたかも張さんの人生のもう1つの扉を開いたかのようだった。それ以降、張健さんは車椅子を命の一部としてきた。しかし運動用車椅子はとても高価なため、張さんは自分で改造を始めた。例えば今回の冒険旅行で使用した三輪の車椅子は、マラソン用車椅子を参考にして張さんが自分で改造したものだ。車椅子を自由自在に操れることで、張さんは「ミスター車椅子」と呼ばれるようになった。張さんはファイブスタークラスのホテルで働いていたが、後に仕事を辞めチャリティー事業に身を投じた。 (梁瑩菲撮影) 

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