爆肚の名店「東興順爆肚張」のご主人と
筆者:勝又あや子
出身地:日本・千葉県
現住所:北京
行ったことのある都市:プサン、キョンジュ、ソウル、バンコク、アユタヤ、エルパソ、ロサンゼルス、チワワ、ウラジオストク、ウスリースク、ナポリ、ソレント、ポジターノ、アマルフィ、香港、深圳、広州、陽朔、桂林、西安、大同、北京、洛陽、鄭州、上海、杭州、蘇州、無錫、黄山、南京、煙台、威海、ゴルムド、ラサ、シガツェ、ハルビン、瀋陽、成都、麗江、大理、昆明、珠海、澳門、福州、廈門、大連、承徳
素晴らしい都市とは:歴史や民俗を反映した豊かな食文化が息づき、食欲と知識欲を満たしてくれる都市
生来の食いしん坊の私にとって、ある都市について語る際に食の要素は欠かせない。その都市を好きになるかならないかは、その土地の食ベ物が口に合うかどうかで大きく左右される。どんなに風光明媚で景観が美しくても、どんなに歴史が豊かで名所旧跡が多くても、そしてどんなに町並みが美しく清潔であっても、そこに現地ならではの食文化がなければ、私はそこに強い魅力を感じない。どこの国、どこの都市でも食べられるような料理が高級な食器に美しく盛り付けられていても余り心は動かされないが、その土地でよく食べられている気取りのない料理が縁の欠けた普段使いの食器に無造作に盛られていたりすると心が弾む。私にとっては、その料理にその土地ならではの歴史や文化の香り、生活のぬくもりが感じられるかどうかが重要なのだ。
私が今暮らしている北京にも、歴史と人々の生活の面影を残した食べ物が数多くある。北京に来てから、日本では臭みがあると敬遠されがちな羊肉が、ここではとても身近な食材であることに気づいた。そして羊肉のおいしさとその料理の豊富さに驚いた。その背景には、シルクロード商人や元代の色目人を始めとした北京に住みついたイスラム教徒たち、そして元や清など騎馬民族王朝が残した羊を食べる文化の影響がある。私の大好物である羊肉しゃぶしゃぶの「涮羊肉」や庶民が好んで食べる「爆肚」(ゆでモツ)なども、北京がたどってきた歴史の道のりを感じさせる食べ物の代表だ。
もう一つ忘れられないのは、北京版焼き棒餃子とも言うべき「ダーリエン火焼」(ダーの漢字は衤+荅、リエンは衤+連)だ。初めはただおいしさにつられて食べるだけだったが、ふと「ダーリエン」という風変わりな名前に興味を持って調べてみたところ、それが往時商家の帳場で使われていた財布兼物入れ「ダーリエン」であることを知った。「ダーリエン火焼」は、箸でつまんで持ち上げた様子がちょうど肩にかけた「ダーリエン」によく似ているところからこう名づけられたのだ。それ以来、「ダーリエン火焼」を食べると、往時北京の街を行きかっていた商人たちの様子が脳裏に浮かぶ。
人々が普段の暮らしの中で食べているごく普通の食べ物に、北京という街がたどってきた歴史と文化が色濃く残っている。そのことに、私はとても魅せられている。その土地のものを食べることは、その土地をより深く理解することにつながると私は思う。もちろん、北京以外の都市にもおいしい食べ物はあるし、それぞれ歴史や謂れもあるだろう。でも、長い歴史を持ち、様々な民族の王朝支配を経験し、そして多民族国家中国の首都として多くの外来人口を吸収してきた北京には、興味深い背景のある食べ物もとりわけ豊富だ。食べても、食べても、飽くなき食欲と知識欲をかきたてる街、北京。そんな北京を、私は愛してやまない。
「北京週報日本語版」2010年6月3日
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