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101歳の日本人が見た共産党の百年
  ·   2021-06-24  ·  ソース:人民中国
タグ: 中国共産党;歴史;中日交流
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「人の出会いには、その人の人生を変えるような出会いがある。私は戦後、労働運動に入り、活動していた。『毛沢東選集』に出会ったのは1952年のことである。技術専門であった私にとって、それまで知らなかった世界がそこにあった。私はひたすらに読み、学び、そして私は変わっていった」。これは『人民中国』88年6月号に掲載されたある日本の友人の感想である。作者は神宮寺敬さん。神宮寺さんは、『人民中国』の古くからの読者であり、友人でもある。今年で御年101歳になるこの友人は、中国共産党とほとんど同年齢でもあり、しかもかつては共産党の軍隊を敵とする日本軍人だった。敗戦後、日本に帰国して労働運動に参加する中で、『毛沢東選集』と出会い、自ら会社を経営するようになってからは、娘を中国留学にも送った。この101歳の友人と中国共産党との物語を伺うために、東京支局の記者は山梨にある神宮寺さんの家を訪れた。

『人民中国』1988年6月号 創刊35周年を記念した神宮寺さんからの寄稿

敵は中国共産党の部隊だった

神宮寺さん宅の外には、自ら世話をしている小さな水田が広がり、初夏の日差しの下で苗が力強く育っていた。「私たちが食べるお米は、全て自分で育てたものなんですよ。自力更生、{かんく}艱苦奮闘の共産党の精神です」。取材を始める前に、神宮寺さんは誇らしげに語った。次女の伸子さんが隣で、「私たちの家には、労働は光栄であるという気風があって、農作業はずっと続けています。毎年、田植えと収獲の時期になると、目の前の仕事はいったん横に置いて、家に帰って家族みんなで農作業をするんです」と言葉を添えた。

労働を重視する精神は『毛沢東選集』からの影響でもあり、また若い頃に神宮寺さんが参加した労働運動の経験にも起因している。45年、日本が敗戦し、第2次世界大戦は終結した。日本国内では労働運動がにわかに盛り上がり、かつて軍人だった神宮寺さんも帰国後は労働組合の責任者として、運動に身を投じた。それが、神宮寺さんが『資本論』『毛沢東選集』などの大著を読み深めていくきっかけとなった。「労働運動をしっかりと行うために、本を読むだけでなく、ラジオでモスクワ放送や、北京放送も聞きました」と神宮寺さんは若き日に労働者の生活の権利を守るために行った運動の経験を思い出しながら、笑顔で語った。「私は部隊では通信兵だったので、当時の政府に禁止されていたこうしたラジオ放送も、無線技術を使って聞くことができました」

『毛沢東選集』との出会いについて語る神宮寺さん

ラジオを通じて、神宮寺さんは毛沢東の名前を知った。「52年、三一書房が『毛沢東選集』を出版し、新聞に社長のインタビュー記事が掲載されていました。社長は毛沢東についてとても詳しかったのでしょう。インタビューでは、毛沢東の革命の生涯について紹介していました。私はラジオで毛沢東の功績については知っていましたが、記事を読んでからは毛沢東の著作にも興味を持ちました」。この好奇心が、神宮寺さんが『毛沢東選集』をひもといていくきっかけとなった。

「『毛沢東選集』を読み終わり、特に軍事思想に深い感銘を受けました。毛沢東は文章の中で、日本軍をこぶしに例えていました。強く握られたこぶしが激しく振り下ろされたとき(まとまって攻撃を仕掛けてきたとき)、中国軍は分散して攻撃をかわすように指令し、日本軍が握ったこぶしを解いたとき(ばらばらに攻撃を仕掛けてきたとき)、中国軍は再び兵力を集中して日本軍を攻める。そうすれば、勝利することができると説いていました。読み終わって大変深く感銘を受けました」。深く印象に残った文章について、神宮寺さんは今でもよどみなくその内容について語ることができる。

記録に基づいて自ら整理した軍隊での経験

このとき受けた感動は、神宮寺さんが軍隊に所属していたことと関係している。43年、中国南部に派遣され駐留していた神宮寺さんは、南京周辺の見張りを担当していて、新四軍とも戦闘をしたと当時のノートに記録していた。「幸いなことに、どこに行って何をしたのかという当時の記録は仔細につけていました。そうでなければ、80年前のことを改めて思い出すことは難しいですね。ただ、日本に帰って『毛沢東選集』を読んでから、あの新四軍が毛沢東率いる中国共産党の部隊だったと知ったんです。また、毛沢東が日本を徹底して分析しているのを知って、道理で日本は彼らとの戦いに敗れるわけだと思いました」

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