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【シリーズ改革開放40周年】中国原子力発電の第一歩――大亜湾原子力発電所
  ·   2018-05-31
タグ: 改革開放;原子力発電所;経済
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1993年8月31日、中国で最初に外資と設備、技術を導入して建設された大型原子力発電所――広東大亜湾原子力発電所1号機が併合発電に成功した。同発電所は中国初の大型商用原子力発電所でもあった。

濮継竜さんは1943年に生まれ、清華大学工程物理学部を卒業した。中国で最も早くに訪米し原子力の安全性分析に携わった客員研究員の一人である。1997年、濮さんはフランス人の発電所長から大亜湾原子力発電所所長の職務を引き継ぎ、最初の中国人所長となった。

濮継竜さん

1978年3月、全国科学大会が開催された。濮さんは四川省大山の山深くにある研究拠点で研究を行っていた。鄧小平同志はこの大会で「科学技術は第一の生産力だ」と指摘。当時、研究拠点はこの言葉に大きく沸き立った。

濮さんが当時思いもよらなかったことに、わずか1年後、中国の高等教育機関11校に出国留学者養成訓練部が設けられた。1982年、39歳の濮さんは客員研究員の肩書きで訪米し、原子力の安全性研究に携わった。

1978年12月、鄧小平氏はすでに、中国はフランスから原子力発電所設備2基を購入することを決定した、と発表していた。当時、改革開放の波に押されて、珠江デルタ地区の経済建設はかつてない勢いで展開されていたが、電力供給がその足を引っ張っていた。停電は日常茶飯事となり、電力供給能力の向上が差し迫って必要とされていた。しかし技術を導入するのか、自国の力だけでやるのか?「門戸を開いて」資金を導入することはできるのか?多くの人がこの問題を論議していた時、広東は香港中華電力公司と共同経営の形で原子力発電所を建設する意向を示し、「資金を借りて建設し、電力を売って借金を返し、合弁で経営する」案を打ち出した。

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