“神殿”から降りた英雄
米NBAで成功した姚明選手。国内で一大旋風を巻き起こし、彼のポスターやTシャツを若者たちは競うように求めた。
「バスケットボールの選手がこんなに人の気を狂わせるとは」。55歳の退職労働者はこう嘆息する。姚明選手の“魅力”が分からないようだ。「若い時は、『雷鋒同志に学ぶ』と書かれたノートを手にすると、ひどく喜んだものだ」
雷鋒はごく普通の兵士だった。無心な気持ちになって人を手助けしようとし、苦労を厭わず恨みも言わず任務に黙々と励み、社会に貢献しようと努めた人物だ。だが1962年に殉職。その後、毛沢東主席が題字を書いて「雷鋒同志に学ぶ」運動を展開する。姚明選手など数世代にわたる中国人は学校で「雷鋒精神」教育を受けることになった。政府は3月5日を「雷鋒に学ぶ日」に指定している。
政府は最近になって、雷鋒が腕時計をつけた写真や、彼の恋愛のいきさつなどに関する資料を公開。これは世論を驚嘆させた。過去、こうした側面は英雄人物の“汚点”とされ、秘密に付し公表しなかったからだ。
中国人民大学社会学部の周孝正教授は「過去の英雄について言えば、大多数は、情報の偏った状況の下で、政府機関が一方的に造り出したものであり、イデオロギー的色彩が強かった。こうした体制の中で“創造”された英雄には、いかなる私的な感情、利益をも挟むことは許されず、まさに無情で無欲な“神”であるとの感じを人に与えてしまう。いかなる英雄であれ、まず人であり、血と肉をもつ人であるべきだ。英雄の化身とされていた雷鋒は今、“神”から“人”に代わりつつある」と指摘する。
幼い頃に「雷鋒精神」の教育を受けた姚明選手は今、多くの中国人にとって「英雄」だ。メディアは「NBAでボールを操る姚明選手はメンバーの一角を演じるだけにとどまらない。中国文化の使者でもある。何故なら、彼が代表しているのは彼自身ではなく、成長中の中国だからだ」と報道している。
社会学の一部専門家は「姚明選手と雷鋒は勤勉、意志の強さ、謙遜、集団主義精神など、多くの資質を共有している」と分析する。だが相違点もある。姚明選手の場合は個人の努力で成功を収め、社会に巨大なビジネス価値をもたらしただけでなく、豊かな個人財産を築いたことだ。
現在、姚明選手のように個人の努力で非凡な成績を挙げた中国人は、有人飛行に成功した宇宙飛行士・楊利偉氏、若干32歳で国内高額所得者トップにランクされたインターネット企業網易公司の創設者・丁磊氏など、まだ数少ない。
こうした人物が出現したことで、英雄はワンパターンに別れを告げ、徐々に多元的に選択する時代になっていく。人々は英雄に接する場合、“受動的に受け入れる”ことしかできなかった過去とは異なり、選択する権利を持てるようになった。しかもグローバル化の時代が到来するに伴い、巨額の富を築いた米マイクロソフトのビル・ゲイツ氏やアルゼンチンサッカー界のスター・マラドナ氏など、一部の外国人も中国人にとって英雄視されるようになった。
同時に、英雄は“神殿”から降り始めるようになった。個人の意識が取り戻されるに伴い、90年代以降になって国内に多くの無英雄主義者が生まれようになった。その絶対多数が若者だ。こうした現象について「英雄崇拝は未曾有の挑戦にさらされるようになった」、と憂慮を隠さず嘆息する専門家もいる。
周孝正教授は「開放された社会では、価値観は日ごとに多元化しているため、無英雄主義者の存在は非常に正常なことだ。ある意義から言えば、これも信仰の自由と精神の自由の表れの1つだ」と指摘する。
|